東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2303号 決定 1966年9月17日
債権者
日本労働組合総評議会全国金属労働組合
右代表者
椿繁夫
債権者
日本労働組合総評議会全国金属労働組合
東京地方本部
右代表者
佐竹五三九
債権者
日本労働組合総評議会全国金属労働組合
東京地方本部プリンス自動車工業支部
右代表者
永井博
右代理人
東城守一
外五名
債務者
日産自動車株式会社
右代表者
川又克二
右代理人
橋本武人
外三名
主文
債務者は債権者らと左記事項につき誠実に団体交渉をせよ。
記
(一) 債務者はプリンス自動車工業株式会社の合併に当り、
(1) 債権者らの組合員の既得の労働条件をすべて保障すること
(2) 右組合員に対し人員整理および退職勧奨を一切行わないこと。
(3) 債権者らおよびその組合員の組合活動についての協定もしくは慣行を保障すること。
(4) 右組合員の配置転換もしくは人事異動については事前に債権者らの同意を得ること。
(二) 右に関連する事項
理由
一 当事者間に争のない事実ならびに疎明により一応認めることができる事実を概括すれば、次のとおりである。
(1) 債権者日本労働組合総評議会全国金属労働組合(以下、「全金」という)は全国の金属、機械産業の労働者が個人加盟をして組織する労働組合であり、債権者日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部(以下、「全金東京地本」という)は全金の組合員中、東京都内の企業に雇われている者で構成する労働組合であるが、債権者日本労働組合総評議会全国金属労働組合東京地方本部プリンス自動車工業支部(以下、「全金プリンス支部」という)は全金および全金東京地本の組合員中、債務者(以下、「日産」ともいう)への後記吸収前のプリンス自動車工業株式会社(以下、「プリンス」という)に雇われていた者で構成する労働組合であって、昭和四一年四月二日当時、組合員七六五六名を擁し、全金の支部規約基準案に則りながら、独自の組合規約を設け、例えば、上部団体への加入および脱退につき、これを大会付議決定事項とし(二一条九号)組合員の直接無記名投票により組合員総数の三分の二以上の賛成を必要とするとうたい(二二条二号伹書)規約上、全金脱退の可能性まで残していた。
(2) プリンスは同年四月二〇日日産と会社合併の契約を締結し、次いで右契約に基き同年八月一日日産に吸収合併された。そして、日産は全金プリンス支部の組合員を含むプリンスの従業員に対する使用者たる地位を承継した。
(3) 右会社合併に先立ち、全金プリンス支部は昭和四一年三月三〇日開催の組合大会において、前記規約にしたがい、全金および全金東京地本からの脱退を決議するとともに、中央執行委員長永瀬忠男ら新役員を選出し、次いで同年四月二日組合員全員の直接無記名投票により右脱退を可決し、かつ、名称を「プリンス自動車工業労働組合」と改めたうえ、右永瀬委員長名義の同月二日付内容証明郵便をもって、全金プリンス自動車工業労働組合としては全金を脱退する旨を通知した(なお、前記会社合併後、さらに名称を「日産自動車プリンス部門労働組合」と改めた。以下、全金脱退通知後の右組合を「プリンス労組」という。
(4) しかし、一方、全金プリンス支部の組合員中、全金脱退に賛成しない一五二名は右組合大会の決議および組合員の投票をもって手続上重大な瑕があって無効であるとし、これに基くプリンス労組の全金脱退通知によっては、全金および全金東京地本の組合員たる資格を失わず、また、右組合大会の前後を通じ執行部中、右一五二名に属する六名の地位にも変動がないという立場を採り、同年四月三日以降プリンス労組と全く別個の行動をとるに至った。すなわち、同年三月には従前の中央執行委員長永井博ほか五名の執行部をはじめ組合員一〇二名は総評、全金の役員の参加を得て、全金プリンス支部の組織強化のため活動準備大会を開き、その後右大会の方針により、個々の組合員につき、その意思を聴いた結果、全金所属の組合員一五二名の存在が確認されたが、同月一〇日には右永井委員長の右組合員に対する招集により、その大多数は臨時全員大会に参加し、全金プリンス支部としての組織確立を決議し、その暫定運営規定ならびに当面の運動方針を可決し、かつ、中央委員会の構成員を選出し、以後、右一五二名の組合員は依然、全金プリンス支部の名を称して団結し、右機関及び中央執行委員会により意思の決定ならびに執行をなした。そして、同月一一日および二三日には全金および全金東京地本と共同してプリンスに対し会社合併に伴う諸要求等を示して団体交渉を申入れ、同月二三日および同年五月六日にはプリンスに対し右組合員一五二名の氏名を明示してその給料から徴集した組合費の支払を要求し、同年五月から六月にかけてはプリンスに対し賃上げ、一時金支給等を要求し、また会社の一部組合員に対する訓戒処分もしくは組合員の組合活動に対する職制の介入に抗議した。
(5) 右組織体たる全金プリンス支部ならびに全金および全金東京地本(以上、本件債権者)は共同して同年七月二二日日産に対し主文記載の事項を要求項目として団体交渉を申入れたが、日産は同年八月二日これを拒否した。
(6) なお、プリンスは前記会社合併後前プリンス労組と、その発足当日たる同年四月二日には唯一交渉団体約款およびユニオン・ショップ約款等を含む協定を結び、また同年七月二三日には右会社合併後における賃金その他の労働条件に関する協定を結んだ。
二 そこで右事実に基いて考察する。
(1) プリンス労組の発足(全金脱退)以後においても、なお全金プリンス支部の名称のもとに行動している一五二名はその組織活動ならびに全金および全金東京地本の組織形態に照らして、全金に加入しつつ、全金東京地本に所属し、かつまた、その下部組織として、労働者が主体となって、自主的に、その労働条件の改善等をはかることを主たる目的とする団体、すなわち労働組合を組織しているもの、換言すると、全金プリンス支部は右一五二名を構成員とし、プリンス労組と別個の労働組合として実在するものと認めるのが相当である。
プリンス労組は組合大会の決議および組合員全員の直接無記名投票により全金(および全金東京地本)からの脱退を可決し、これを中央執行委員長の名により全金に通告して発足し、その意思決定については、規約上、問題とする余地がないようにみえ、また手続上、瑕があったことの主張疎明はないけれども、その一片の脱退通告により、全金プリンス支部として結束した一五二名の全金(および全金東京地本)の組合員が当然にその組合員たる資格を失ういわれのないことは全金の個人加盟方式ならびに個人の体団加入、脱退自由の原則に徴して明らかである。したがって、右一五二名は、たとえプリンス労組の統制違反の責を問われようとも、自ら、全金を脱退しない態度を表明し、しかも、その下部組織を独自に構成している以上、既に全金と袂を別ったプリンス労組内部における分派活動を行なうものとはいえないであろう。
もっとも、右一五二名がプリンス労組を脱退したことの疎明はないが、以上に説示したところから自明のとおり、右一五二名はプリンス労組とは縁のない行動をとっているのであって、そのことはプリンス労組脱退というような形式的な手続の存否によって左右される事態ではないのである。
これを要するに、かかる事態を捉えて、プリンス労組、全金プリンス支部のいずれかの組合脱退というか、はたまた組合の分裂というのはともかく、全金プリンス支部が一五二名の組織により厳在することは動かせない事実であるといわなければならない。
(2) してみると、要求事項を一応、度外視する限り、全金プリンス支部はプリンス、後の日産に対し団体交渉の当事者たる適格を当然に有し、その組合員を包摂する全金および全金東京地本もまた同様、団体交渉の当事者適格を有するものと認めるのが相当である。
もちろん、具体的要求事項につき、団体交渉の当事者が重複する場合、公正かつ合理的な交渉の実を挙げるという団体交渉の目的から、そのいずれかの当事者だけが交渉適格を有するにすぎないとする見解も首肯し得ないわけではなく、債権者ら(全金プリンス支部のほか、全金および全金東京地本)がプリンスもしくは日産に団体交渉を申入れた要求事項たる主文掲記の項目もプリンスないし日産の企業内において、全金プリンス支部だけとの交渉により妥結をみる可能性がないではない。
しかしながら、それだからといって、使用者側で予め、交渉団体を全金プリンス支部に限定し、全金、もしくは全金東京地本の同時干与を排除することを当然のように肯定すべき筋合ではない。前記団体交渉申入の要求項目も、全金プリンス支部に直接関係のある事項ではあるが、使用者側の中味に入った回答如何では業種別ないし地域別の一般的労働条件との関連上、なおかつ、全金および、全金東京地本の関心事たるを払拭し得るものではなく、したがって、全金および全金東京地本も全金プリンス支部と併列して右項目についての団体交渉の当事者たる適格を欠かないというべきである。なお、この場合、使用者側が業種別ないし地域別に、いわゆる使用者団体を組織していると否かは判断を動かす要因となすに足りない。
(3) もっとも、プリンスは債権者ら(全金、全金東京地本および全金プリンス支部)の要求項目とほぼ同一事項につき組合員数において七〇〇〇名を超えると思われるプリンス労組といち早く協定を結んだから、右協定は全金プリンス支部の組合員一五二名にも適用される、いわゆる一般的拘束力を有する余地がある。
しかし、それだからといって、団体交渉の資格がある他の労働者の団体が要求項目の同一なるが故に団体交渉を行い得ないいわれはない。
また、プリンスはプリンス労組とその発足当日、唯一交渉団体約款を含む協定を結んだが、使用者側がこれを理由に債権者らとの団体交渉を拒否するのは正当ではない。
そのほかに使用者が債権者らとの団体交渉を拒否する正当の事由があることについては疎明がない。
(4) したがって、債権者ら(全金、全金東京地本および全金プリンス支部)は、前記事項に関する団体交渉の申入を債務者から正当の理由なく拒否され、これにより債務者に対する具体的団体交渉請求権を取得したものというべきであるが、債務者の拒否の態度が変らない以上、右請求権を不当に侵害されているものというべく、かような事態のまま推移するときは、右交渉事項の性質に照しても、結局、右請求権の実現を期し得ないとともに、債務者に対する交渉団体の資格まで烏有に帰するおそれがあることがよういに推認されるから、右権利実現の緊急性があるものというべきである。
三 よって、本件仮処分申請は、その被保全権利(具体的団体交渉請求権)および保全の必要の存在につき疎明を得たというべきであるから保証を立てさせないで、主文記載の仮処分を命じるのを相当と認め、そのように決定する。(駒田駿太郎、沖野威、高山晨)